時を保全することを選んだ熟練の時計師

機械式時計が下火になっていた時代、ミシェル・パルミジャーニはその芸術を守り抜く道を選びました。そのレガシーは、今もなおパルミジャーニ・フルリエのすべてのタイムピースに息づいています。

幼少期と影響 ​

ミシェル・パルミジャーニが高級時計の世界へと歩み出した背景には、若き日の経験が深く根ざしています。1960年代、ウォッチメイキングが隆盛を極めていたヴァル・ド・トラヴェールの穏やかな風景の中で感性を育み、その後スイス時計の本場、ル・ロックルでの学びを経て、その技術と精神は研ぎ澄まされていきました。

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ヴァル・ド・トラヴェールでの成長期

1950年、イタリア系移民の両親のもとに生まれたミシェル・パルミジャーニは、風光明媚なヴァル・ド・トラヴェールで育ちました。ゆたかな森や清らかな川の流れのような自然の風景は、幼い彼に大きなインスピレーションを与えました。
父親からは、自然を芸術的な発見の源として見つめるように教えられ、次第に身の回りに存在する完璧な調和の世界に魅了されていきます。この原体験が、細部へのこだわり、芸術、建築、そして彼のライフワークの根幹をなす黄金比に対する深い造詣を形づくりました。

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ル・ロックル:最高峰の学校

1965年、ミシェル・パルミジャーニはウォッチメイキングの聖地として名高いル・ロックルのテクニカムに入学し、高度な時計学の研究を開始しました。伝統と革新が交差する地で、精緻な技術と芸術的なビジョンを兼ね備えた強固な礎を築き上げ、後の時計師としての姿を決定づけることとなりました。

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逆風に立つ若き起業家の勇気、そして真の独立精神

ヴァル・ド・トラヴェールにウォッチメイキングの活気を取り戻したいという情熱がエネルギーとなり、ミシェル・パルミジャーニは1976年に『アトリエ・デ・スペシャリテ』と『ソシエテ・パルミジャーニ・アール・エ・ムジュール・デュ・タン』を設立。そこでは、卓越した専門技術を武器に、複雑時計の製作と起業家としての鋭い才覚を両立させていきました。クォーツショックの渦中にあっても、彼は大量生産に走ることなく修復という道を優先しました。伝統とクラフツマンシップに敬意を払い、存続の危機に瀕していた文化的遺産を守り抜いたのです。

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過去からのインスピレーション

キャリアの初期では、稀少で複雑なタイムピースの修復に携わったことが、ミシェル・パルミジャーニに唯一無二の視点をもたらしました。それは、革新を遂げるには、まず過去を深く理解しなければならない、という確信。この信念は彼の哲学の礎となり、今もなおパルミジャーニ・フルリエの創作活動を導く指針となっています。

ミシェル・パルミジャーニの夢は、単に歴史を保全することではなく、その歴史を土台として、未来のクラシックとなるタイムピースを築き上げることだったのです。このビジョンはやがて、伝統と独創的なデザインがひとつになるパルミジャーニ・フルリエの創設へと繋がります。

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ミシェル・パルミジャーニの使命:クォーツショックの真っ只中、芸術芸術の遺産を救い、永続させること。

多くの時計師が大量生産や電子制御の時計へと舵を切っていく時代、ミシェル・パルミジャーニはあえて、名門ブランドやコレクターが所有する伝統的な機械式時計の修復に身を捧げました。稀少で複雑な傑作と向き合い、緻密な作業を積み重ねることで、彼のクラフツマンシップに対する造詣は深まり、機構、仕上げ、装飾芸術における技術はさらに研ぎ澄まされていきました。​​

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修復という芸術のレジェンド

1978年、ミシェル・パルミジャーニは、サンド・ファミリーが所有する稀少な時計の壮大なコレクションの修復を手がけ、国際的な賞賛を浴びました。彼はこのプロジェクトを「500年間の時計史へと架かる橋」と表現しました。この記念碑的な仕事によって、彼の名声は揺るぎないものとなりました。そして、後にパルミジャーニ・フルリエを誕生を支援することとなるサンド・ファミリー財団との、永きにわたるパートナーシップが始まったのです。

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名声に先立つもの、 それは職人技術

自身の名を冠したブランドを立ち上げるまでは、ミシェル・パルミジャーニにはふたつの顔がありました。ひとつはサンド・コレクションの修復師、そしてもうひとつは、第三者機関や他メゾンのために時計を製作するクリエイターとしての顔です。彼は、ショーメやヴァシュロン・コンスタンタン、そして当時ショーメの傘下にあったブレゲなど、名門クライアントのために複雑な懐中時計のキャリバーや置時計を開発しました。ブレゲでは、超薄型パーペチュアルカレンダーを製作。1990年には自動巻きの懐中時計用キャリバーを手がけたほか、ブレゲの歴史的な傑作であるアンティークのサンパティーク・クロックの修復も成し遂げました。

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1996年パルミジャーニ・フルリエの誕生

サンド・ファミリーとミシェル・パルミジャーニを結ぶ強固な絆を礎に、1996年パルミジャーニ・フルリエは設立されました。デビューを飾ったのは、シンプルなモデルから複雑時計まで、52のリファレンスを揃えた壮大なコレクションでした。ブランド初の腕時計であるトリック QP レトログラードは、ケースに施されたゴドロン装飾と緻密なローレット加工を特徴としていて、今なおメゾンの美学を象徴するシグネチャーとして確立されています。

写真: メゾン誕生の日、ミシェル・パルミジャーニとピエール・ランドルト

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